赤電データ集

このページでは、習志野都市高速鉄道車両に転用するかもしれない、実在する京成電鉄の3000形以降、都営地下鉄1号線(浅草線)乗り入れ対応の鋼製車両、いわゆる「赤電」についてかんたんにまとめていきたいと思います。

3000形 冷房の積めなかった初代赤電

  • 1958年、地下鉄1号線(浅草線)への乗り入れを踏まえてデビューした車両。この乗り入れは日本初の地下鉄と郊外電車の相互乗り入れであり、民鉄史上初の地下鉄乗り入れ対応車である。
    • 製造されたのは2両編成7本の計14両。全車電動車の2両ユニットである。
  • 当初は青電と同じ塗装、そして馬車軌間、またオデコ1灯の前照灯など、従来車と目立って変わったところはなかった。ただ、不燃化対策がなされたり、混雑を見越して広幅の貫通路を設けるなど、室内では地下鉄乗り入れ車両ならではの工夫がみられる。また加減速性能にも優れていた
  • 標準軌への改軌後、1960年ごろにはツートンカラーの「赤電色」となり、1970年代に入ると運行番号表示器位置の変更やベンチレーターの設置などがなされた。
  • 1977年より更新工事が行われ、3001-3008までは4両化(一部車両を中間車化)、また3009~3014までは完全中間車ユニット(2両×6ユニット)となった。また、アンチクライマーの3本化や前照灯の一体ケース2灯(いわゆるブタ鼻)化などの改造がなされた。
    • この更新工事は3050形も並行して行われ、以来両者は混結などが日常的に行われるほぼ同一形式のように扱われる。
  • 1980年ごろからはほかの赤電各形式と同じくファイヤーオレンジ色に変更された。
  • 1990年ごろより3050形の冷房化改造が行われていたが、3000形については車軸の構造上冷房搭載が困難であった。
  • 6両編成4本にまとめられていたが、3050形冷房化に伴い、3050形1ユニット(冷房化改造対象から外れた3075-3076)を連結したうえで晩年は8両固定編成2本で優等列車専用となった。
  • 1991年の成田空港(現)駅開業によるダイヤ改正で、3700形が就役。改正の10日後に全車が運用を離脱。
  • 廃車され、1992年までに前述の3075-3076を含めほぼ全車が解体された。3004のみ解体を免れ、「赤電」唯一の保存車両として現在宗吾車両基地に保存されている。
京成3004保存車
宗吾車両基地に保存されている3004。(2016年2月28日撮影)

3050形 晩年は真っ青になった赤電

  • 都営地下鉄乗り入れのために1959年に登場した、3000形のマイナーチェンジ車。この車両は当初から標準軌、赤電色で登場している。
    • 2両編成13本、計26両の布陣。
    • モーターの一部設計変更や、シールドビーム前照灯(3000形ものちに改造)などの細かな変更点がある。
  • 1970年ごろに3000形と同じく運行番号表示器位置の変更やベンチレーターの設置などの改造工事がなされる。
  • 1980年ごろから更新工事がなされ、3000形と同じく一部車両の中間車化による4両編成化(しかし2両ずつに分割して細かい組成が可能)、また前照灯の一体ケース2灯化などの改造がなされた。このころからファイヤーオレンジ色に変更されている。
  • 加速力のある全電動車編成で、6-8両で3000形、3100形とともに優等運用に就くことも珍しくなかった。
  • 1990年よりベンチレータ撤去・冷房化改造
    • このとき行先表示器も設置され、前照灯は3100形以降と同じくオデコの左右振り分け2灯タイプとなった。
  • 赤電のなかでは最も遅く冷房設置が行われ、3050形の冷房化完了をもって京成電鉄は自社車両の冷房化率100%を達成した。
    • 晩年は3000形と編成を組んでいた3075-3076は冷房化対象から外され、3000形と同時期の1991年に廃車された。
  • 冷房搭載後は最古参となったが、京急線乗り入れや特急運用など幅広く役をこなしていた。
  • 現行標準色(白地に赤青帯)への変更対象からは外された。一方1994年には3059-3062が往年のツートンカラーに復元された。
  • 1993年より、3400形への置き換えとなり冷房改造車でも廃車が始まる。
  • 1994年、従来京急1000形リース車(京急→京成→千葉急へと渡り歩いた変わり者)をつかっていた千葉急行電鉄に4両がリースされ、1000形と同様の青地に白帯のカラーリングとなる(1000形は京急久里浜工場へ返却、廃車された。余談だがこれはブルースカイトレインのはるか前に京急線内で青色の電車が自走した初の事例だったといわれる)。
  • 1995年には前述の復元塗装編成が廃車され、京成では形式消滅。
  • 1996年に京成で余剰となった3100形、3150形が千葉急行にリースされることとなり、1本のみ残っていた3050形は京成へ返却。廃車・解体された。
  • 芝山鉄道にリースする話もあったらしいが、開業が大幅に遅れたため実現しなかった。

3100形 波乱の生涯を送った赤電

  • 1960年から1962年にかけて製造された。
    • 2両編成16本、計32両
    • 2次車以降はCP容量変更や運行番号表示器の位置変更(従来車ものちに改造)などの仕様変更がされている。
  • 1970年ごろにはベンチレータ設置などの改造がなされている。
  • 両開き扉車の3200形と混結した運用などもしばしば見られたらしい。
  • また、3121-3122は青電に代わり一時期行商専用車の任に就いていたこともある。
  • 1980年、更新に先立ちファイヤーオレンジ色に変更された。
  • 1980年~1982年に更新工事4両編成化(半数の車両を中間車化・2両ずつの組成が可能)。
  • 1987年より冷房搭載工事が施工された。またこのとき行先表示器も設置
  • 1993年からは白地に赤青の帯である現行標準色へ塗装が変更される。ただし一部は廃車が近かったためか変更されなかった。
    • 1995年3月に上述のファイヤーオレンジ色車が廃車。
  • 1996年、3050形の代替で4両が千葉急行電鉄にリースされる。このときの色は京成標準色の赤青を反転させた色となり、千葉急行では会社解散までこの色だった。
  • それにやや遅れ1996年3月、3121-3122が3150形3157-3158と4両編成を組み、千葉急行にリース。冷房改造後の混結は非常に珍しいものだった。
  • 同時期に京成では残る車両はすべて廃車・解体され形式消滅している。
  • 1997年に最初に千葉急行にリースされた4両が京成に返却。廃車・解体(代替として3150形4両がリース)され、3100形は4両編成ちはら台方2両の3121-3122の2両のみとなる。
  • 1998年3月、3121-3122と編成を組んでいた3157-3158が京成に返却され廃車解体。代替にリースされた3161-3162は京成色のままとなり、有名な千葉急+京成の混色編成が出現する。3121-3122は検査期限延長試験車として12月まで使用されることとなった。
  • 10月には千葉急行電鉄が会社解散し、3121-3122は京成に戻る。2年半ぶりに京成3100形が復活したかたちとなった。
  • 1998年12月上旬に3121-3122が廃車・解体され、形式消滅となった。

3150形 特急車だったりリースされまくったりだった赤電

  • 1963年に製造された。当初からベンチレータを設置した屋根構造である(従来車は二重屋根。のちに改造)。
    • 4両固定編成11本、計44両。赤電では初めて4両固定編成となり、運転台のない中間電動車の登場も初めてである。
    • 3191-3194の4両は1500形の代替として有料特急開運」に充当されたため、セミクロスシートである。AE形に置き換わったため1972年にはロングシート化改造された。
  • 1969年には試験的に前面・側面の方向幕を2両が装備。1970年にさらに2両に装備されたがこのときはそれ以上には及んでいない。
  • 1980年ごろより車体色がツートンの赤電色からファイヤーオレンジ色に変更された。
  • 1983年以降、更新工事、および京成初の冷房化改造が行われる。
    • 更新後の前面スタイルは3600形に順じ、前面腰部に前照灯・尾灯を並べるスタイル。
    • また前面上部に行先方向幕を設置。種別表示は表示窓の裏から種別板を差し込むスタイルとなった(電動種別幕ではない)。
    • 3500形に準じたクリームの化粧板や赤モケットの座席、緑色の床など、内装も一新された(3200形以降も続く)。
  • 1991年以降、京成車による京急線への乗り入れが開始され、先頭台車にモータを積んだ3150形も頻繁に京急線へ姿をみせた。
    • 1995年3月31日の京急久里浜線三崎口への京成車定期乗り入れ最終列車に3150形8連が充当されたのも有名なはなし。
  • 1993年より順次検査時に現行の白地に赤青帯の京成標準色へ変更される。
  • 1995年9月、塗装変更(京成標準色のレッドをダークブルーに変更)・7050形に改番の上2編成8両が北総開発鉄道(当時)にリースされる。
  • 1996年、3157-3158の2両が千葉急行にリースされる。このとき、京成標準色と赤青を反転させた千葉急行色となる。同時にリースされた3100形と混結された。
  • 1997年6月には3100形の代替で4両が千葉急行にリース。
  • 1998年2月、2編成8両が7050形となり北総にリースされる。これにより北総7150形(京急1000形の譲受車)が全廃。
  • 1998年3月末に3155-3156が初めて廃車される。また千葉急行リース車で3100形3121-3122と編成を組んでいた3157-3158が京成へ返却・廃車。いずれも解体される。
  • 3161-3162が京成色のまま代替として千葉急行にリースされ、千葉急色の3100形と混色編成を組んだ。
  • 1998年10月、千葉急行が解散。リース車は京成に返却される。最後の3100形3121-3122の廃車後、編成を組んでいた3161-3162は3150形の編成に戻された。
  • 1999年2月には千葉急行色のままだった3154編成が廃車される(編成単位での廃車はこれが初?)。
  • 同時期、北総にリースされていた7050形のうち2編成8両が返却・廃車される。それに入れ替わる形で新たな3150形が7050形としてリースされ、以降7050形の検査期限の切れるたびにおなじ行動が繰り返される。
  • 2000年2月には「開運」に使用された3191-3194が廃車。また、同時期に北総へえリース・入れ替わりの7050形の廃車があり、京成では1編成4両のみとなる。
  • 2001年、最後の京成3150形が北総にリース(代替で7050形4連1本が廃車)。これにより京成では形式消滅。
  • 2003年、京急側からの要望もあり北総への新たなリース車として京成3700形1本が7300形としてリースされ、北総7050形8両が廃車。
  • 2003年12月、京成から3200形8両が北総7250形と改番の上リースされる。12月23日、北総側でさよなら運転が行われ、京成に返却・廃車された。

3200形 最大の陣容を誇った京成通勤車スタンダードな赤電

  • 1964年製造開始。のべ88両が製造された、最大規模を誇った赤電である。
    • 3150形と同様、4両固定編成で登場した。
    • 京成初の両開き扉通勤車。これにより窓配置が変更された(3500形まで引き継がれる)。
    • 3291-3298の4両編成2本8両は有料特急「開運」用としてセミクロスシート・片開き扉・トイレ付で製造された。1974年、AE形に置き換えられトイレ撤去やロングシート化が行われたが形態はほとんど3150形と差はない。
    • 3201-3220までは従来通り全台車が電動機を搭載した「8M車」。
    • 3221以降は先頭車運転台寄りの台車に電動機を装備しない6M車」である。これにより主電動機出力が強められた。この方式は3500形まで続く。
  • 1980年ごろより車体色が赤電ツートン色からファイヤーオレンジ色に変更されている。
  • 1985年から1989年にかけ冷房化および更新改造が行われる。側窓のユニット化や3150形と同じような、3600形に準じた前面スタイルへの改造が行われる。3150形と異なり、前面貫通扉には電動種別表示器が取り付けられた。
    • 6M車の3221-3280は6両固定編成化されることとなり、一部車両が中間電動車化改造される。
    • また、3260までの車両は4両ユニットにまとめられることとなり、パンタグラフ撤去やパンタグラフの2個化なども行われた。
    • 6M車は6両固定ではあったが、2両ユニット+6両ユニットの構成となった。2両ユニットは成田方についている編成と上野方についている編成とがあり、検査時などは組み換えで4両編成や8両編成もしばしばみられている。
    • 1988年出場の3294編成4両(元「開運」車)はVVVFインバータ制御(京成初)試験車となって出場。先頭車はクハ化、またライトが角型になった。あまり多くはなかったが、抵抗制御の3150形と編成を組んだ実績もある。
    • しかし、特殊な例を除けば3294・3298の片扉車は4両編成で運用されていた。
  • 1992年から1995年にかけ、先頭がM台車ではないと乗入れられない規制を設けた京急線への対応として、6M車先頭車の運転台寄り付随台車と中間寄り電動機装備台車を振り替える工事が行われた。
  • 1990年より、イメージアップを目的に京成電車の塗装を一新することとなり、8M車4両編成4本に4案の試験塗装が施された(詳細は割愛)。
    • 3212編成のまとっていた白地に赤青の色とすることが決定され、京成標準色として1995年までに全車がこの色に変更された。
  • 2003年3月から、新3000形導入に伴い置き換え廃車が進行。2004年1月までに8M車は全廃される
  • 2003年12月に3233-3236・3221-3224が北総開発鉄道へリース。7250形へ改番・塗装変更され使用される。
  • VVVFインバータ制御試験車の3294編成は故障が多かったらしく、2004年1月に廃車された。
  • 2006年には、4両ユニット4本が廃車。6M車による暫定4両が組まれたが、これも同年中に廃車されている。
  • また同年、北総へは3300形8両を改番した7260形がリースされ、7250形は京成に返却・廃車となった。
  • 2006年4月以降は、6両編成2本、および4両編成1本(片扉車3298編成)のみとなる。
  • 2007年1月、3298編成は往年の赤電色に復元され、リバイバル「開運」号のイベント列車に使用された(2007年1月28日)。このカラーのまま引き続き運用され、3月末に廃車された。
  • また2007年3月末、8両が新3000形増備により廃車。京成3200形は3264-3261の4両のみとなる。
京成3261晩年
晩年、4両編成でおもに普通運用に就いていた3264-3261編成。(2007年6月23日、東中山にて撮影)
  • 2007年11月14日付で3264-3261編成が廃車。形式消滅。

3300形 最後まで走りぬいた赤電

  • 1968年から1972年にかけ製造された。赤電の最終形式。
    • 54両が製造された。
    • 1次車は空気ばね台車だが、2次車(3317-3350,3353-3356)からは金属ばねに変更された。また2次車以降は前面上部・側面に行先・種別表示器が取り付けられた(3150形での試験結果を踏まえている)。
    • 3351-3352は欠番のため、3350-3349のユニットはおもに増結用として運用されたという。
  • 1980年代に入ると、ほかの赤電同様にファイヤーオレンジ色に変更された。
  • 1984年、2次車から冷房化改造が行われる。1986年からは1次車の冷房化も行われ、1987年5月までに完了した。
    • また1984年10月からは、1次車にも行先・種別表示器の設置が行われた。
  • 1989年から1992年にかけ更新工事。3200形同様の前面スタイルになったが、前面貫通扉の窓ガラス支持がHゴムから金属支持に変更された。
    • 京急線乗り入れに対応するため、先頭車前寄りの付随台車と後寄り電動台車を振り替える工事も行われた。
    • 1990年出場の3313-3316はクロスシート試験車となった。1995年にロングシートに戻されたが、バケットシート試験車となる。それが不評だったため2001年にはラベンダー色のバケットシートに再改造された。なお、のちに北総へリースされたのちもこのスタイルのままだった。
    • 2次車については3200形同様6両編成化のため一部車両が中間車化された。
    • 2次車は38両であり、6両編成を組成すると2両余るので、1本だけ8両編成も組まれていた。
    • なお、この2次車は1999年ごろまでは頻繁に編成組み換えを行っていた。
  • 1993年から1998年にかけ、白地に赤青帯の京成標準色に塗装が変更された。
  • 2003年1月23日、京成本線京成大久保-実籾間の踏切でワゴン車との衝突事故が発生。損傷の激しかった3329-3330が廃車される。この事故廃車が本形式で初の廃車で、これ以降は2次車に余りはなくなり、6両編成が基本だった。
  • 2006年3月、3200形リースの北総7250形の代替として3305-3308・3313-3316(元クロスシート試験車)が7260形に改番の上、北総鉄道にリースされた。
  • 2007年4月、3500形の故障により暫定的に8両固定編成が組まれ、赤電で唯一快特運用にも充当された(組成で余った車輌は4両編成が組まれた)。
  • 2007年、3500形未更新車および3200形の廃車の進行により、3300形が4両編成の主役として活躍することとなり、中間2両6ユニット12両が最後の3200形とともに廃車。3300形は4両編成8本となる。
  • 2007年11月、3200形が全廃され、京成最後の赤電となる。
  • 2008年度以降は、成田スカイアクセス開業に伴い新線向けの新造車を大量に製造していたため、既存の本線では車両置き換えの動きはなかった。
  • 2009年6月30日、会社創立100周年記念イベント列車のため3353-3354-3355-3356が青電色復元される(同日金町行き特急としてイベント運行)。その後、3345-3346-3323-3324が赤電色、3309-3310-3311-3312がファイヤーオレンジ色に復元された。
  • 2010年からはスカイアクセス線開通に伴い種別幕が種別ごとの色地に白文字の幕に変更された。むろん、3300形はスカイアクセス線対応工事は受けていない。
京成3349
かつては固定された相方のなかった3349。種別幕変更後の最晩年の姿。(2012年1月1日、京成津田沼にて撮影)
京成3356青電色
復元された青電色。赤電が青電色を纏うのは登場時の3000形以来(2011年7月6日、京成津田沼にて撮影)
京成3320赤電色
復元された赤電色(2012年8月15日、京成津田沼にて撮影)
京成3312ファイヤーオレンジ色
復元されたファイヤーオレンジ色(2011年10月6日 京成幕張本郷にて撮影)
  • 2012年から本線系の新3000形の増備が再開。2月15日の3320編成を皮切りに順次廃車されていく。2月18日には青電色の3356編成が運用離脱。廃車・解体された。
  • 同年3月までに8両を残し京成車は次々と廃車・解体されていった。
京成3304
最後まで残った2編成のうちのひとつはトップナンバー編成。46年間にわたり京成線を走り続けた。(2011年7月25日 京成高砂にて撮影)
  • 2015年2月28日、最後まで残っていた3301-3302-3303-3304と3333-3334-3343-3344の2編成が8両編成を組み、さよなら運転臨時特急成田山」号として運転され廃車。のちに解体された。
京成3301ラストラン
ラストランには多くのファンが詰めかけた(2015年2月28日、京成成田にて撮影)
  • 北総に7260形として残っていた車両も3月22日にさよならイベントを行い、翌23日に京成線宗吾車両基地へ返却。廃車・解体された。3300形形式消滅。および3000形以降の赤電の完全な終焉だった。
北総7268さよなら
2015年3月22日、抽選当選者を対象に行われた北総7260形さよなら撮影会。このあと、最後の団体列車として印西牧の原-矢切間を往復した(印旛車両基地にて撮影)
北総7268返回
北総線での任務を終え、古巣宗吾参道へ向けて回送される7268編成(もと3308+3316編成)。京成赤電最後の本線走行であった。(2016年3月23日、船橋競馬場-谷津にて撮影)




(文・写真=もろこし師範代)

  • 最終更新:2016-12-26 22:40:48

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