2700形

待望の新型車両

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▲登場時の3両編成。1995年に4両編成となるまでこの編成だった。

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▲1986~1995年の間に組成させれていた2700形+100形の編成。1995年の4両編成化の際に解消。

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▲1995年に4両編成となった後、機器更新されるまでこのような編成だった。

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▲機器更新後の現在の姿。MM'ユニットを解除して先頭車を1Mとする組成に変更された。また、パンタは機器更新前のものが流用された。

基本性能

  • 編成
    • 登場時:2700(Mc)+2750(T)+2700(Mc')
    • 4両編成化後:2700(Mc)+2750(T)+2760(T)+2700(Mc')
    • VVVF化後:2700(Mc)+2750(T)+2760(T)+2700(Mc)
  • モーター・ギア比
    • 登場時:140kW・5.44
    • VVVF化後:180kW・6.06
  • 制御器
    • 登場時:電動カム軸超多段抵抗制御・界磁チョッパ制御(1C8M)
    • 機器更新後:IGBT素子VVVFインバータ制御(1C2M)
  • 起動加速度
    • 登場時:2.5km/h/s
    • 機器更新後:3.5km/h/s
  • 最高速度
    • 登場時:100km/h(認可)、110km/h(設計)
    • 機器更新後:100km/h(認可)、120km/h(設計)

概要

1984年から1986年にかけて船橋港線向けに新造された車両である。当初は3両編成8本であったが、1995年には4両化が行われた。更に2000年代にはVVVF化が行われている。

2017年現在は4両編成8本が活躍中である。

この他、1994年から1996年にかけて仕様変更車となる20番台車が造られたが、足回りを中心に仕様が大きく変更されており、実質別形式車といっても過言ではない。そのため当wikiでは2700形20番台を「2720形」と区分し、別形式車としてページを改めて記載する。


初の自社設計車

1980年代に船橋港線の建設が始まった際、京成・新京成の中古車で賄う予定であった。しかし、これらの車両は冷房が付いておらず、接客設備に問題があった。

その対策の一つとして新車導入を行うことになったが、資金面での問題があった。そこで新車導入のための支援体制が整えられ、また沿線企業らに支援を求めたところ、相応の額が集まったことから、資金面な部分は解決することになった。

かくして船橋港線の車両は新型車両とすることになった。

形式は2700形に

新型車両を設計する際、最初に検討されたのが形式である。習志野都市高速鉄道は線路こそ京成線に接続していたが、同社と乗り入れを行っていたわけではなく、いわゆる「1号線乗入協定」に従う必要はなかった。それでも京成車と番号の重複があると、中古車を導入する際に改番を実施しないといけないので、極力重複は避けたかった。そのため、1号線に乗り入れている各形式で使われていなかった4000番代や6000番代を使用する案、あるいは京成以外の縛りは気にしないという案もあった。

そんな中、新車導入先の有力候補であった船橋港線が名前の通り船橋方面(高瀬町)に向かう路線であることから、語呂合わせとして船橋(2784)、すなわち2700形が適当でないかという意見が出た。ちょうど2700番代が空き番だったこともあり、船橋港線向け新型車両は2700形を名乗ることになった。

仕様の検討(1978~1984年)

他社への視察

今回が初の新車設計であるため、各社の事例を参考とするための視察が行われた。視察は、習志野都市高速鉄道と何らかの形で関わりがあった会社を中心に行われた。近隣の京成・新京成、1000形譲渡の際に関わりがあった営団がその例である。この他、見識をより深いものとするため、国鉄や京浜急行、東武鉄道への視察も行われた。なおこの他にも関東民鉄を中心に視察を行う予定だったようだが、費用や時間面からこれ以上の視察は行われなかった。

両数の検討

利用動向の予想から、両数は3両編成が最適と判断されたが、この頃の環状線系統は4両化を進めていたので、わざわざ異なる両数とするのは、一見非合理的である。

しかし、2700形設計初期の段階では谷津湾岸線構想の実現に向けて事業を推進していた時期であった。谷津湾岸線と船橋港線の距離を合わせると約20キロとなり、そこに配置する車両だけでもそこそこの規模になると予想された。このことは、環状線(10.4キロ)に配置された車両が概ね10編成ほどであったことからも、計画通りに進捗すれば、既存路線に匹敵する規模の車両数となる予定だったのである。

この事から、環状系統と湾岸系統とで両数を分けても、運用上は問題ないと判断された。その一方、将来の輸送力増強や環状線系統への転属に備えて2・4両化できる余地は残さなければならないとも判断された。

そのため、2700形は3両編成を基本としつつも、増結するなり減車するなりして2・4両編成とすることも可能なように設計することになった。

ただし、設計後期の段階に入ると、湾岸系統の路線網が大幅に縮小され、わざわざ3両にするデメリットが大きくなってしまった。更に2700形の新造両数と予算支出のスキームがこの頃にほぼ確定してしまったため、両数を減らすのはともかく4両に増やすのは困難であった。また両数を減らすと輸送力を確保できなくなる問題があった。

そういった事情から、2700形は一旦3両編成で新造され、1995年に編成組み替えが行われるまで、3両編成で運行されることになる。

機器の選定

以上から2~4両編成を組めるようにすることになったが、輸送人員の伸びから、この頃には2両編成での運行はほぼ行われていなかった。そのため、最もMT比の低くなる4両編成でも所定を発揮できるように設計し、2両編成はあくまでも緊急時の編成という考えで編成を組むことになる。

そこで2両編成のMcMc'ユニットを基本とし、そこに付随車を適宜連結して3~4両編成を組成することになった。また電気ブレーキを有効的に使える1C8Mだと都合が良かったのもMcMc'とした理由である。

また省エネルギーを追求するため、回生ブレーキを導入することになった。当時の技術としては電機子チョッパ制御が至高であったが、いかんせん高価であった。またVVVFという理想もあったが、この時はまだ実用化一歩手前であった。そのためメンテナンスに難はあったが、安価に回生ブレーキが使える界磁チョッパ制御を導入することになった。

界磁チョッパ制御は、始動から全界磁まで(通勤電車の場合概ね30~45km/h)は抵抗制御であるが、弱め界磁以降をチョッパで制御する。主回路に流れる電流に比べ、界磁に流れる電流は小さいため、装置が大掛かりにならず安価になるという訳である。なお離線防止のため、パンタグラフは2基搭載となっている。

2M2T時に、起動加速度は2.5km/h/s、設計最高速度は110km/h(営業運転では100km/hまで)とした。また定格速度を47km/hとし、47km/hまで起動加速度を維持できる性能を持つ。その代償として、やや電流食いであるが、国鉄のように10両編成・3ユニットも繋げるのならともかく、4両編成で1ユニットであるのでそこまで問題にはなっておらず、また回生ブレーキを使用するのでトータルでは従来車より省エネである。

ところで、2700形はMcMc'の間に付随車を連結する編成となる。すなわちMcTMc'やMcTTMc'といった電動車が先頭に来て空転しやすい編成で、しかも制御器が1台しかないため、空転した時のフォローが全くない。とはいえ平坦線が主体の習志野都市高速鉄道で制御器2台搭載(1C4M)は過剰装備であるし、1C4Mでは電気ブレーキを有効活用しにくい。

そこで抵抗制御を超多段制御とし、極力空転を起こさないようにしている。抵抗制御部分を超多段制御とできたのも、界磁チョッパ制御では通常発電ブレーキを行わない(抵抗制御部分は力行専用となる)からこそできたためである。もしこれが抵抗制御であったら超多段制御にはできなかったであろう。

ブレーキ方式は電気指令式を採用。ブレーキ段数が7段に固定されるデメリットこそあったが、配管の簡略化や空走時間の短縮(約0.5秒)が行えることから採用したという。また電磁直通ブレーキであると、万が一回生失効をした際に空走時間が長くなってしまうデメリットがあったこと(こちらは約2秒)も理由の一つだろう。

補助電源はSIVを採用し、1台で4両までの電源供給が可能である。これは1000形750・2250形の冷房化でSIVを採用した流れで、2700形もSIVとしたからである。

車体・台車の選定

車体は軽量ステンレスを、台車はボルスタレス台車を採用することで軽量化を図っている。

軽量化を行うと運動性能が向上し、副次的に様々な要素に良い影響を及ぼす。例えば軽量化により使用電力量が削減できるし、軌道への負担も減る。またステンレス車体であれば塗装が不要になり、塗装しない分検査周期を短縮できるメリットもあった。このように軽量車体、特にステンレス車体導入の影響には計り知れないものがあった。

ところで、ステンレスが高価であった中で採用できたのは、予算当局に対する説得が成功したためである。 [要出典]

軽量化の効果を強調するため、ステンレス車体の他にボルスタレス台車を採用するなど、一貫して軽量化推進の姿勢を強く示した一方、電機子チョッパ制御を採用せず界磁チョッパ制御で妥協する姿勢を示したため、高価なステンレス車体の導入に了承したためだと言われる。[要出典]

なおスキンステンレスの採用も考えられたが、異金属間での電食が劣化の原因となり、「安物買いの銭失い」となるおそれがあったことから採用しなかったという。

冷房装置は集中式で、国鉄のAU75Gがベースになっている。またラインデリアを搭載し、扇風機を使わなくてもまんべんなく冷気が行き渡るようになっている。

前面形状

後の編成組み替えによって、先頭車同士の連結が発生することを想定し、前面は貫通扉とした。運転席側は高速運転に備えて高運転台構造とした一方、助士側の窓は進行方向右側の停止位置目標を見やすくするために極力下げており、前面が非対称となっているのが特徴である。この副次的な効果として、小さなお子様でも前面を眺めやすくなった。

側面形状

側面は同時期に登場した住都公団2000形(現在の千葉チュータウン鉄道9000形)に類似する構造であるが、ドア幅のみ異なる。それは両開きドアで一般的な1,300mmから1,500mmに拡大していることで、混雑緩和のためにドア幅を変更したという。

車内設備

片側3扉・ロングシートである。車内表示器等は搭載していない。

編成表

3両時代(1984~1995)

  • 2701+2751+2702
  • 2703+2752+2704
  • 2705+2753+2706
  • 2707+2754+2708
  • 2709+2755+2710
  • 2711+2756+2712
  • 2713+2757+2714
  • 2715+2758+2716

4両化後(1995~)

  • 2701+2751+2761+2702
  • 2703+2752+2762+2704
  • 2705+2753+2763+2706
  • 2707+2754+2764+2708
  • 2709+2755+2765+2710
  • 2711+2756+2766+2712
  • 2713+2757+2767+2714
  • 2715+2758+2768+2716

運用の変遷

試運転(1984~1986年)

1984年に先行量産車1編成が落成し、各線で試運転を実施した。

3両編成時代(1986~1995年)

1986年の船橋港線開業までに量産車7本が新造され、2700形は合計3両編成8本の陣容となる。

船橋港線開業後は専ら同線と谷津線で使用されたが、後述するように運用の都合から1本のみ4両編成が組成された。

1編成だけ生まれた暫定4両編成(1986~1995年)

2700形は既存の4両編成とは両数が異なるため、6運用・予備2本で計画され、4両編成とは予備車を別に用意する予定であった。しかし、環状線系統で既に予備車が3本ほどおり、合わせると5本になるため過剰になってしまう。

この関係で予備車を共通化することになり、3両編成の予備車を1本、4両編成の予備車を2本とすることになった。とはいえ3両編成の予備車が1本では心もとなかったのと、2700形側の予備車削減で余剰になる分を環状線系統に回せればサービス向上となるため、うまく工夫する必要があった。

そこで、4両編成側の予備車1本を3両編成+1両の組成として、3両編成と4両編成の予備車両方に使えるようにした。この編成に選ばれたのが2700形先行量産車と100形104号車である。

  • 編成
    • 2701+2751+2702+104

なお取扱いの観点から、100形のブレーキは電気指令式に変更されている。

この措置は、4両編成化が行われた1995年まで続けられることになる。

4両編成への増結(1995年)

1993年の二宮線延伸の際に2800形が4両編成で新造されることになった。また湾岸系統の路線建設が進まず、3両編成の取り回し難儀していたことから、1995年の新都心湾岸線南船橋延伸の際に4両編成への組み替えが行われることになった。

この時、3両編成8本を2両編成4本と4両編成4本に組み替える案と付随車8両を新造して4両編成8本に組み替える案があった。

予算の観点からは前者の案が有力で、2両編成を新都心湾岸線のローカル運用に充当し、純減する4両編成(=谷津・津田沼口運用)は中古車で補填する計画であった。しかし、純減する分だけ新車の割合が減り、更に新造する場合でも付随車で、2700形登場時よりも安価な工法が生まれたことから、後者の新造案が選択された。なお、新都心湾岸線ローカル用の2両編成は中古車の改造により充当することになった。

四街道方面への転用(2008~2010年)

2000年代に入ると3200形などの高加速車が大量に入線し、老朽化が進んでいた低加速車はこれら高加速車が入選し次第、順次置き換えられていった。この時問題となったのが、2700形の処遇である。というのも、2700形の起動加速度は2.5km/h/s程度であるため、分類としては低加速車に入るが、この時点での経年は20年程度であった。その一方で2008年以降はほとんどの路線で高加速車にほぼ統一されるので、環状系統を始めとするダイヤに乗れなくなる。また、湾岸系統のみスジを立てず分離しようにも、湾岸系統は他形式との併結が不可避であり、2720形以外との併結はできないので、こちらでの使用も困難だった。最終的に2008年に開始された総州急行乗り入れ(津田沼~四街道間)に必要な運用数が7運用であったので、8本いた2700形をこの系統に専属で充当することになった。

VVVF化の施行(2008~2010年)

これに並行する形で行われたのが、2700形のVVVF化である。この時参考としたのが、JR武蔵野線205系のVVVF化である。同線の205系は車両転配の都合からMT編成で高加速運転を行う必要があり、この対策としてVVVF化が施行された。2700形でもMT編成のまま高加速化を行う必要があったので、VVVF化を行ったという。

この時点では2800形の新造が行われており、2800形に準じた機器構成にすることも考えられた。しかし、2700形付随車の電装化が困難であることが判明したため、2720形と同様の機器構成に変更することになった。このため、VVVF化改造に際しては、McMc'のユニットを止めて、1M方式に変更されている。ただし、SIVやCPは中間の付随車に分散配置したため、更新前とは異なり付随車の抜き差しでの編成組み替えができなくなっているが、既に4両を基準とした運行形態となっているので問題なしと判断されたのだろう。

前述の理由から、制御器・モーターについては2720形の機構に準じている。すなわち制御器は1C2Mを2機(三菱電機製・IGBT-VVVF)とし、モーター出力は1基180kWのものである。

この改造により起動加速度の向上(2.5km/h/s→3.5km/h/s)と純電気ブレーキ、異形式併結に対応した。また運用の制限もなくなり、2720形4両編成と同一の運用が可能となった。

  2700形 2750形 2760形 2700形
更新前 CONT・WP     SIV・CP
更新後 CONT SIV CP CONT
  • 凡例
    • CONT……制御器
    • SIV……静止形インバータ
    • CP……コンプレッサー
    • WP……パンタグラフ2基搭載
    • P……パンタグラフ1基搭載

改造は2008年から2010年にかけて実施された。

  • 最終更新:2017-10-29 04:25:09

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